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東京地方裁判所 昭和42年(刑わ)552号 判決 1967年9月30日

被告人 宇野昌 真栄城守治

主文

被告人宇野を懲役二年六月に

被告人真栄城を懲役一年六月に

処する。

被告人真栄城については、本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中その三分の二を被告人宇野の負担とし、その三分の一を被告人真栄城の負担とする。

被告人真栄城に対する公訴事実中、同被告人が被告人宇野と共謀して判示第四の犯行をなしたとの点について、被告人真栄城は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人宇野は、昭和四二年一月一四日頃まで沖縄那覇市久茂地町一丁目一六番地所在の琉球銀行の行員で、同市東町一丁目一〇番地所在の同銀行東町支店に預金係あるいは貸付係として勤務していたものであり、被告人真栄城は、昭和四一年一一月三〇日頃まで同銀行の行員であつたものであるが、

第一、被告人宇野は、右東町支店に対して何等定期預金をしている事実のない架空の定期預金証書を用いて、その預金名義人から定期預金を担保とする借入の依頼を受けたもののように偽つて同支店から金員を騙取しようと企て、

(一)  昭和四一年九月二六日、同支店において、同支店貸付係国場睦裕を通じ同支店副長金城研治に対し、琉球銀行東町支店支店長屋比久宏発行にかかる預金者山川秀男名義、金額五、〇〇〇ドルの架空の定期預金証書一通ならびに山川秀男振出名義にかかる金額三、〇〇〇ドルの約束手形一通を提出したうえ、右山川より右預金を担保に三、〇〇〇ドルの借入をしてほしいと依頼を受けた旨虚構の事実を申し向け、右金城をしてその旨誤信させ、よつて即時同所において同人から、同支店出納係外間喜久子を介し、山川秀男に対する手形貸付名下に現金三、〇〇〇ドルの交付を受けてこれを騙取し

(二)  同月二九日、同支店において、前記国場を通じ同支店副長上間秀和に対し、前記支店長屋比久宏発行にかかる預金者安里弘名義、金額一五、四〇〇ドルの架空の定期預金証書一通ならびに安里弘振出名義にかかる金額一〇、〇〇〇ドルの約束手形一通を提出したうえ、前同様の方法で右上間を欺罔し、よつて即時同所において同人から、前記金城を介し、安里弘に対する手形貸付名下に右支店長屋比久宏振出名義にかかる金額一〇、〇〇〇ドルの自己宛小切手一通の交付を受けてこれを騙取し

(三)  同年一〇月一〇日、同支店において、前記国場を通じ前記金城に対し、山川秀男振出名義にかかる、金額二、〇〇〇ドルの約束手形一通を提出したうえ、さきに同支店に提出してある前記(一)記載の架空の定期預金証書を利用し、前同様の方法で右金城を欺罔し、よつて即時同所において同人から、前記外間を介し、山川秀男に対する手形貸付名下に現金二、〇〇〇ドルの交付を受けてこれを騙取し

(四)  同月一四日、同支店において、前記国場を通じ同支店副長長田勇蔵に対し、安里弘振出名義にかかる、金額五、四〇〇ドルの約束手形一通を提出したうえ、さきに同支店に提出してある前記(二)記載の架空の定期預金証書を利用し、前同様の方法で右長田を欺罔し、よつて即時同所において同人から、安里弘に対する手形貸付名下に前記支店長屋比久宏名義にかかる金額五、四〇〇ドルの自己小切手一通の交付を受けてこれを騙取し、

(五)  同月一七日、同支店において、前記国場を通じ前記金城に対し、前記支店長屋比久宏発行にかかる預金者安里弘名義、金額六、〇〇〇ドルの架空の定期預金証書一通ならびに安里弘振出名義にかかる金額六、〇〇〇ドルの約束手形一通を提出したうえ、前同様の方法で右金城を欺罔し、よつて即時同所において同人から、安里弘に対する手形貸付名下に右支店長屋比久宏振出名義にかかる金額六、〇〇〇ドルの自己宛小切手一通の交付を受けてこれを騙取し

(六)  同月二六日、同支店において、同支店貸付係野原栄一を通じ前記上間に対し、前記支店長屋比久宏発行にかかる預金者玉城正吉名義、金額五、〇〇〇ドルの架空の定期預金証書一通ならびに玉城正吉作成名義にかかる琉球銀行宛、金額五、〇〇〇ドルの金銭消費貸借証書一通を提出したうえ、前同様の方法で右上間を欺罔し、よつて即時同所において、同人から玉城正吉に対する証書貸付名下に、前記外間を介し現金五〇〇ドル、前記金城を介し右支店長屋比久宏振出名義にかかる金額四、五〇〇ドルの自己宛小切手一通の各交付を受けてこれを騙取し

(七)  同年一一月三〇日、同支店において、前記金城に対し、前記支店長屋比久宏発行にかかる預金者玉城正吉名義、金額一〇、〇〇〇ドルの架空の定期預金証書一通ならびに玉城正吉振出名義にかかる金額六、〇〇〇ドルの約束手形一通を提出したうえ、前同様の方法で右金城を欺罔し、よつて即時同所において同人から前記外間を介し玉城正吉に対する手形貸付名下に現金六、〇〇〇ドルの交付を受けてこれを騙取し

(八)  同年一二月一二日、同支店において、前記上間に対し、玉城正吉振出名義にかかる金額四、〇〇〇ドルの約束手形一通を提出したうえ、前記(七)記載の架空の定期預金証書を利用し、前同様の方法で右上間を欺罔し、よつて即時同所において同人から、前記金城を介し、玉城正吉に対する手形貸付名下に右支店長屋比久宏名義にかかる金額四、〇〇〇ドルの自己宛小切手一通の交付を受けてこれを騙取し

第二、被告人宇野は、同年一〇月下旬頃、前記東町支店において、行使の目的をもつて、ほしいままに、同支店備付けの「支払地琉球銀行」と印刷されてある同銀行の自己宛小切手用紙六枚を用いて、その各金額欄にチエツクライターで「$琉球銀行東町支店」、「支店長」、「屋比久宏」と刻してあるゴム印をそれぞれ冒なつし、その各名下に同支店備付けの「東町支店長之印」と刻してある丸型印章を冒なつしたうえ、昭和四二年一月一四日午前九時三〇分頃、同支店において、同支店備付けの日附印で各振出日欄に「一九六七年一月一三日」と記入し、もつていずれも琉球銀行東町支店支店長屋比久宏振出名義の金額一三、六〇〇ドル、同一〇、〇〇〇ドル、同一五、〇〇〇ドル、同一二、八五〇ドル六五セント、同一七、〇八〇ドル、同一三、〇〇〇ドルの自己宛小切手各一通をそれぞれ偽造し

第三、被告人両名は共謀のうえ

(一)昭和四二年一月一四日午前一〇時頃、同市松山町二丁目一二〇番地の六二所在同銀行若松支店において、同支店テラー係日高弘子を介し同支店副長古謝政信に対し、被告人真栄城において前記偽造にかかる金額一〇、〇〇〇ドルの自己宛小切手一通を、あたかも真正に成立したもののように装い小切手金の支払を請求して呈示行使し、右古謝をしてその旨誤信させ、よつて即時同所において右古謝から、同支店出納係小祿良一を介し小切手金支払名下に現金一〇、〇〇〇ドルの交付を受けてこれを騙取し、

(二)  同日午前一一時頃、前記琉球銀行本店において、同店テラー係神里初子を介し同店チーフテラー永田臣子に対し、被告人真栄誠において、前記偽造にかかる金額一五、〇〇〇ドル、一七、〇八〇ドル、一三、〇〇〇ドルの自己宛小切手各一通を、あたかも真正に成立したもののように装い、小切手金の支払いを請求して一括呈示行使し、同係員をしてその旨誤信させ、よつて即時同所において同係員から、前記神里を介し小切手金支払名下に現金四五、〇八〇ドルの交付をうけてこれを騙取し

(三)  同日午前一一時三〇分ころ、同市字松尾一〇七番地の一所在同銀行松尾支店において、同支店テラー係屋良ミヨを介し当座預金係恒吉恵美子に対し、被告人真栄城において、前記偽造にかかる金額一二、八五〇ドル六五セントの自己宛小切手一通を、あたかも真正に成立したもののように装い小切手金の支払いを請求して呈示行使し、同係員をしてその旨誤信させ、よつて即時同所において、同係員から小切手金支払名下に現金一二、八五〇ドル六五セントの交付を受けてこれを騙取し

第四、被告人宇野は、同日午後零時五〇分頃、前記東町支店において、同支店テラー係外間喜久子に対し、前記偽造にかかる金額一三、六〇〇ドルの自己宛小切手一通を、あたかも真正に成立したもののように装い小切手金の支払を請求して呈示行使し、同係員をしてその旨誤信させ、よつて即時同所において、同係員から小切手金支払名下に現金一三、六〇〇ドルの交付を受けてこれを騙取し

たものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人宇野の判示所為中、第一の(一)ないし(八)の各詐欺の点はいずれも刑法第二四六条第一項に、第二の各有価証券偽造の点はいずれも同法第一六二条第一項に、第三の(一)ないし(三)および第四の各偽造有価証券行使の点はいずれも同法第一六三条第一項に、各詐欺の点はいずれも同法第二四六条第一項に(ただし第三の(一)ないし(三)の分については同法第六〇条を適用)該当するが、右第二の各有価証券偽造と、その各偽造有価証券に対応する第三の(一)ないし(三)および第四記載の同行使ならびに詐欺との間には順次手段、結果の関係があるので、それぞれについて同法第五四条第一項後段、第一〇条を適用し(なお第三の(二)については偽造有価証券が一括行使されているので、同法第五四条第一項前段をも適用)、いずれも犯情の最も重いと認められる偽造有価証券行使罪の刑をもつて処断(右第三の(二)については、一五、〇〇〇ドルの小切手の行使罪の刑をもつて処断)することとし、以上は同法第四五条前段の併合罪の関係にあるので、同法第四七条本文、第一〇条により、そのうち犯情の最も重いと認められる第三の(二)の罪の刑に法定の加重をし、その刑期範囲内において同被告人を懲役二年六月に処し、訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項本文により、同被告人にその三分の二を負担させることとする。

被告人真栄城の判示第三の(一)ないし(三)の所為中、偽造有価証券行使の点はいずれも同法第一六三条第一項、第六〇条に、詐欺の点はいずれも同法第二四六条第一項、第六〇条に該当するが、右各偽造有価証券行使と、これに対応する詐欺との間には手段、結果の関係があるので、それぞれについて同法第五四条第一項後段、第一〇条を適用し(なお、第三の(二)については前同様同法第五四条第一項前段をも適用)、いずれも犯情の重いと認められる偽造有価証券行使罪の刑をもつて処断(右第三の(二)については一五、〇〇〇ドルの小切手の行使罪の刑をもつて処断)することとし、以上は同法第四五条前段の併合罪の関係にあるので、同法第四七条本文、第一〇条により、そのうち犯情の最も重いと認められる第三の(二)の罪の刑に法定の加重をし、その刑期範囲内において同被告人を懲役一年六月に処し、なお同被告人については情状により同法第二五条第一項第一号を適用し、本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項本文により、同被告人にその三分の一を負担させることとする。

(弁護人等の主張に対する判断)

弁護人等の主張は多岐にわたるが、そのうち次の二点についてとくに判断を示すこととする。

第一、弁護人等は、「公判審理過程における検察官の釈明によると、本件公訴の提起は刑法第二条第六号および第三条第一四号の規定に基づいてなされたとのことであるが、本件各起訴状の罰条欄にはこれらの規定の記載がなく、右罰条の遺脱は、本件各小切手の内国における流通性の有無を判断するうえに重大な基準を欠くこととなり(後に主張するとおり沖縄を同法第一条の日本国内とするならばその流通性を認めるに問題はないが、日本国内ではないとすると、日本本土における流通性が問題となる)、被告人の防禦にとつて実質上不利益を生ずる点のある場合に当るから、刑事訴訟法第三三八条第四号によつて本件公訴は棄却さるべきである。なお、本件は沖縄住民の沖縄における行為であるが、沖縄住民は「日本国民」であり、また沖縄地域は日本領土内の特殊的地域であるにすぎず、アメリカ合衆国の統治権の行使は沖縄を刑法上「日本国内」とするに何等支障あるものとは考えられないから、本件公訴の提起は、刑法第一条に基づいてなさるべきものであつた。」と主張するが、この点についての当裁判所の判断は次のとおりである。

一、まず、弁護人の前記罰条遺脱を理由とする公訴棄却の申立について考えるに、刑事訴訟法第二五六条第四項によつて起訴状に記載すべきことを要求されている罰条は、訴因に対応してその罪名を特定するに必要な程度の基本的罰条をいうのであつて、刑法の総則的規定、とくに訴訟条件というべき裁判権の存在を認める根拠条文のごときは記載することを要しないものと解すべきであり、本件において右根拠条文を欠くことによつてとくに被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる点があつたともいえないから、右主張は採用の余地がない。

二、なお、当裁判所が、本件において被告人等に対して裁判権を認めた根拠は大要次のとおりである。

(一) サンフランシスコ平和条約(昭和二七年条約第五号)第三条によると、アメリカ合衆国は北緯二九度以南の南西諸島(琉球諸島および大東諸島を含む)地域に対して、国際連合の信託統治案が可決されるまでの間、行政、立法および司法上の権力の一切を行使する権利を有するものとされており、日本に残存された主権は領土主権すなわち領土の処分権にとどまるものと解するほかなく、しかもその後昭和二八年条約第三三号によつて日本国に復帰した奄美群島を除いては、アメリカ合衆国が引続き同地域に対して立法、司法、行政の一切の施政権を行使してきているのが実情であつて、現に日本国が何等施政権を行使していないことは公知の事実である。そして、同地域が刑法第一条にいう日本国内に当るか否かを決するにあたつては、日本国がここに前記の領土権にとどまる残存主権を保有していることを重視すべきではなく、現に立法、司法、行政の権力を行使していないことを重視すべきであるから、奄美群島を除いた琉球諸島地域は、現在は、刑法第一条にいう「日本国内」とはいえないと解すべきである。

(二) しかし、沖縄住民が右平和条約発行後もなお日本国籍を有し、本来日本国の対人的統治権に服すべきものであるという法関係の存続していることは、国際法の見地からも、また国内法的にみても十分肯認できるのであるから、同住民がいわゆる属人主義に基づく刑法第三条にいう「日本国民」に該当することは明らかというべきである。この点に関する弁護人、検察官の見解には当裁判所としても同意見である。

(三) 要するに本件は、日本国籍を有する被告人等が刑法第二条および第三条にいう日本国外においてなした犯行ということができ、かつ被告人等が沖縄から日本本土を経由して南米ペルーに逃走し、その後ペルーから送還されたうえ日本本土において逮捕され、現に日本本土に居住(被告人真栄城は勾留中)している以上、同人等に対して現在直接日本国の裁判権を行使することは何等妨げないものというべきであるから、本件の有価証券偽造、同行使の点については、いわゆる保護主義の観点から規定された刑法第二条第六号により、また詐欺の点については属人主義を採用した同法第三条第一四号の規定に基づいて、裁判権を認めるのが相当である。

第二、次に弁護人は、もしも沖縄が刑法第二、三条にいう日本国外であるとするならば、本件において偽造、行使された琉球銀行の自己宛小切手は日本の内国において発行または流通するものとは認め難いから、同法第一六二条、第一六三条にいう「有価証券」とはいえない旨主張するので、この点について判断するに、なるほど右小切手が沖縄においてのみ流通し、日本本土における流通性が全くないとするならば、その偽造、行使について同法第二条第六号を適用することは問題であるが、証人伊江朝正の当公廷における供述、同人の検察官に対する供述調書によると、右自己宛小切手を日本本土において現金化することは可能であつて、現に昭和四一年四月および五月中において、琉球銀行振出の自己宛小切手が、同銀行のコルレス契約取引先である日本内地の銀行において現金化された事例が四件もあることが認められるのであつて、このことからすると、右自己宛小切手の日本本土における流通性を否定することは相当でないから、弁護人の右主張も採用の限りでない。

(無罪部分の判断)

被告人真栄城に対する本件公訴事実中、同被告人が被告人宇野と共謀して判示第四の犯行をなしたとの点について検討するに、被告人宇野の司法警察員に対する昭和四二年二月四日付および検察官に対する同月二一日付各供述調書、被告人真栄城の司法警察員に対する同月二日付(ただし図面二葉添付のもの)および検察官に対する同月一六日付各供述調書ならびに被告人両名の当公判廷における各供述を総合すると、被告人真栄城は、被告人宇野から判示第四記載の一三、六〇〇ドルの小切手一通を他の偽造小切手と一緒に見せられた際、その金額欄の数字表示部分のセントの単位の箇所に星印が誤つて記載されその上に「〇」の数字が重ねて記載されているのを見て、該小切手を行使すればその偽造が発覚する危険が大きいものと判断し、「自分にはこんな小切手は使えない」などといつていること、その後判示第三の(一)ないし(三)記載のとおり、他の小切手は被告人真栄城において行使されているのであるが、判示第四の小切手だけは同被告人から被告人宇野に戻され、これを右宇野において行使し、被告人真栄城はずつと後になつてはじめて被告人宇野から同小切手も行使した旨打明けられたものであることを認めることができるのであつて、右各証拠からは、被告人真栄城が被告人宇野と通謀し一体となつて同小切手を行使したとみることも、またそうしようとする意思があつたとみることもとうていできず、他に同小切手の行使および詐欺についての右両名の共謀をうかがうに足る証拠はないから、本件は前判示のとおり、被告人宇野の単独犯行と認めるのが相当である。

よつて被告人真栄城が被告人宇野と共謀して判示第四の犯行をなしたとの点については、犯罪の証明がないことに帰するので、刑事訴訟法第三三六条によつて無罪の言渡をなすべきである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 永井登志彦)

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